【仏教4大聖地】初転法輪の地サールナートと博物館への行き方や歴史、注意点を紹介

海外旅

こんにちは。画家の宮島啓輔です。

2026年の春、北インドの数都市を12日間かけてまわってきました。

今回は、そのインド旅の記録として仏教が誕生したとされる場所「サールナート」に行って来た時の生き方やその歴史背景などについて紹介したいと思います。

サールナートはどんな場所?

サールナート(Sarnath)は、インド北部のウッタル・プラデーシュ州にある仏教聖地のひとつです。

ガンジス川の流れるヒンドゥー教最大の宗教都市バラナシから北東へ約10kmほどの場所に位置しており、ルンビニ、ブッダガヤ、クシナガルと共に仏教4大聖地に数えられています。

「西遊記」で有名な中国の僧玄奘もこの地をぽとずれていたとされています。

この土地が重要視されている理由は、仏教の開祖である釈迦(ゴータマ・ブッダ)がブッダガヤで悟りを開いた後に約250~300kmを歩いてやってきて、5人の修行仲間に初めて教えを説いた場所とされている為で、現在世界中に広がった仏教誕生の地であるからです。

この出来事は、仏教では法の車輪を発生させた事から「初転法輪」と呼ばれています。

現在のサールナートには、仏塔や遺跡、寺院や博物館があり、世界中の仏教徒や旅行者が訪れており、日本やタイ、チベットなどの様々な国の寺院も建てられています。

サールナートの場所とバラナシからの行き方

サールナートは、先述のガンジス川で有名なヒンドゥー教最大の聖地バラナシから約10kmほどの距離の近郊にあります。その為、バラナシから日帰りで行く事が可能です。

手段は、主にオートリキシャ、バイク、タクシー、ツアーの手配した移動手段の大きく3つあたりになるかと思います。聞くところによるとバスをあるそうですが、私は発見できませんでした。

個人旅行者でもっとも一般的なのは、オートリキシャになると思います。

インド国内移動は、デリーなどの市内だと電車も通っていますが、基本はオートリキシャやバイク移動となります。その為、UberやOlaなどの配車アプリは必須となります。インドでは向こうからドライバーが強引に勧誘してきますが、殆どのドライバーが高く値段を言われたり、目的地と違う場所に連れて行かれたりとトラブルがつきものです。

その対策として、アプリを入れて適切な相場(日本よりも遥かに安い)で登録されたドライバーを呼べるアプリをいれておく事をおすすめします。

しかし、インド国内では携帯の電波が繋がりにくい事が多々あり、私がバラナシからサールナート向かう際もオフラインのままだったので、野良リキシャと価格交渉をする必要がありました。

バラナシからサールナート間の片道の相場は250~300ルピーです(2026年時点)。(バイクや他の人と割り勘にするともっと安くなります)

出発地点は人に寄りますが、私はバラナシ中心部のたくさんの人の行き交うゴードリヤ交差点で強引なリキシャの客引きと揉めつつ、最終的には6人の中で一番安い300ルピーの運転手のオートリキシャに乗り込みます。

この運転手もやはり降りるときに400ルピーだと主張し、払わないと降ろさないといってきたので、ふっかけられた100ルピー(約180円)と次の日本人旅行者が舐められない為にも数分間言い合った結果向こうがもういいよと、無事もとの300ルピーでサールナートに到着しました。

サールナートの主な見どころと入場料

サールナートを観て周るための2026年時点での入場料についてです。

インドにはインド人料金と外国人料金が存在し、10倍近く高くなる事もあり、上手く商売をしているなという印象を受けます。

サールナートの外国人入場料は、現地購入よりもすぐ側にあるQRコードを読み込み、オンラインで購入すると50ルピー安くなります。

入場料は、サールナート遺跡の入場料が現金だと300ルピー(約540円)、オンラインだと250ルピーです。今回はすぐ側にあるサールナート博物館にも入場するので5ルピー(約9円)を合わせて305ルピーです。

ダメーク・ストゥーパ

サールナートで最も有名な遺跡が、ダメーク・ストゥーパです。

入場料は、このストゥーパのみなら現金300ルピー、オンライン250ルピーです。

高さ約40mの巨大な仏塔で、直径は約26mあるとされています。

現在残っている建物は、グプタ朝時代の5~6世紀頃に建てられたものとされています。

外観は、レンガがむき出しで、お椀に入れたご飯を逆さにしたような見た目をしています。

一部欠損しているものの、表面には精緻なレリーフ模様が残っています。

ストゥーパの周りは、のどかな遺跡公園になっており、のんびりと過ごす事ができます。

遺跡公園内には、ケースに入ったアショーカ王の石柱がありました。

ムールガンダ・クティ寺院

ムールガンだ・クティ寺院は、ストゥーパから歩いてすぐの所にある1931年建立の仏教寺院です。

見どころは、日本人画家の野生司香雪によって1932年から5年かけて描かれた、釈迦の生涯がわかる壁画があります。

入口の手荷物検査が少し厳しめな印象でした。

サールナート考古学博物館

サールナート遺跡群の近くには小道を挟んですぐそばには、サールナート考古学博物館があります。

ここには、サールナート遺跡から発掘された仏像や石柱などの世界の宗教史の中でも超貴重な遺物の数々を観ることができます。

驚くべきは、先ほども書いた入場料の安さです。観光客はインド人価格より多く設定される事が多い中、なんとこの博物館にはたったの5ルピー(約9円)で入場する事が出来ます。

館内は、昔は写真撮影がダメだったそうですが、私が訪れた際はOKでした。

博物館見学に来ていた子どもたちと写真撮影と握手を求められた時の写真。

外国人は、どこに行っても珍しがられる事が多く、大人子ども問わずよく写真撮影しようと声を掛けられる事があります。

アショーカ王の獅子像

館内に入ってすぐの正面には、インドの国章にも採用されているアショーカ王の獅子像があります。

紀元前250年頃にアショーカ王の命令によってつくられたとされており、4頭のライオンが彫られています。

インド仏教美術の傑作 初転法輪仏陀坐像(サールナート仏)

サールナート博物館を代表する仏像であり、インド仏教美術の最高傑作のひとつと言っても過言では無い「初転法輪仏陀坐像」。

グプタ朝時代の5世紀頃に制作されたとされています。

仏教において釈迦の教えは車輪に例えられる事があります。

この像の下をみると、中心に法輪、その周りに説法を聞く僧、そして鹿がいる事から、まさに釈迦がはじめて法を説いたとされる「初転法輪」の姿である事が分かります。

目の前に立つと、ぐっと引き込まれるような完璧さや畏れ多さのようなものを感じました。

サールナートの歴史「仏教誕生の地」

サールナートは、先述の通りガンジス川のあるバラナシから約10kmほどの場所にあります。

ネパールで王族の王子に生まれ、何不自由なく暮らしていた釈迦が、その後6年に及ぶ苦行の末に、ブッダガヤの菩提樹の下で悟りを得たとされています。

しかし、悟った当初の釈迦は、こんなに深い考えを他人に説明するのは無理だと自己完結しようとしていました。

しかし、梵天という神様から、その教えを人生をかけて説いてまわりなさいと助言を受けた事で決心がつき、80歳で亡くなるまでインド中で説法をして回ったとされています。

物理学者アインシュタインが、相対性理論を16歳の頃に直感してから、論文として世界に発表するまで約10年をかけたように、自分の考えを他人に伝える事の難しさが伝わる場所でもあります。

そして、その教えを説く決心のついた釈迦が、5人の修行仲間のいるこのサールナートの地まで、現代の道路で約250kmを歩いてやってきて初めて説法をしたのがこの地であるとされています。

ここから仏教の教えが様々な流派に分かれ、世界中に広がり始めました。

初期仏教とはどんな思想だったのか

同じ「仏教」でも釈迦が説いた初期の仏教は、現在の日本の大仏に手をあわせて拝むような宗教的なイメージとは少し異なり、心理学的な側面が強かったとされています。

初期仏教では、超越した神様にすがろうというものでは無く、人間の苦しみの原因を理解してそれを乗り越えるための方法を実践して自律的に生きようというものでした。

その後長い年月をかけて、大衆に受け入れられるように編集された大乗仏教という今の日本で信仰されている流れが生まれましたが、初期の仏教は人間の心を分析する思想や哲学に近い側面を持っていたとも言われています。

また、王族や貴族などのエリート層に優遇された高度な学問という位置づけがされていた時期もあり、広くどんな人にでも行き渡るものでは無かったとされています。

仏教がインドで広まらなかった理由

仏教自体は、ネパールで生まれたお釈迦様が、このサールナートで法を説いて始まりましたが、現在のインドではヒンドゥー教が主流となっています。

13世紀頃にはほぼ衰退し、現在から70年程前に復興運動が起こり、現在は人口の1%以下ほどであるとされています。

衰退した原因には、王族の支援が無くなった事、イスラム勢力の侵攻やヒンドゥー教の力が強すぎた事など様々な説がありますが、私が実際にインドを旅行をしていてもこの土地で仏教が広まらなかった理由を何となく感じる事がありました。

我先にとガンジス川で沐浴をして身を清めようとするインド人や、絶対的な力を持つとされているシヴァ神や多くの神様、儀式を持ち、人々の日常生活と密接に結びついている様子をみると、個人の修行や自分を律しようと主張する仏教は大衆に受け入れられないだろうなと感じました。

初期仏教もその後長い年月をかけて、中国や日本などで広まる過程で、大日如来などの超越した神様が生み出され、受け入れられやすい形へと発展していきました。

サールナート観光の注意点

サールナートは、バラナシから比較的簡単に訪れる事ができますが、いくつか注意点があります。

まず、インドの気候は比較的過ごしやすいとされる2月頃でも日中は少し厚くなるため、ミネラルウォーターでの水分補給や厚さ対策が必要です。また、観光地では強引な客引きやぼったくりなどもあるため、はっきり断る事や適切な相場を知っておく事も大切です。

また、遺跡や寺院は、宗教的に重要な場所でもあるため、その文化を尊重する必要があります。

具体名は書きませんが昔に日本の団体が聖地を蹂躙した事を、私が訪れていた際も現地の人から言われました。後の旅行者のためにも文化や人の尊重が重要です。

最後に

帰り道、オートリキシャからこちらに乗り換えてと言われて乗ったサイクルリキシャの運転手。仕事人のかっこ良さがありました。

帰り道は、オートリキシャで250ルピーと行きより安く帰る事ができました。

今回は、初転法輪の地サールナートへの行き方や、その歴史についてざっくりとお伝えしてきました。

旅先で、その土地の歴史背景を知っていると感じ取り方がほんの少し豊かになります。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

プロフィール
この記事を書いた人

2006年3月生まれ幼少の頃より細密、極彩色な自分の脳内だけに存在する空想世界の絵をアクリル絵の具を主に様々な画材で1年に140点以上制作。作品サイズは数㎝のグッズから数ⅿの巨大アクリル画まで様々。高校1年生の時の個展開催以来二人展、グループ展等展示活動を続ける。ターナーアワード、Liquitex the challenge【小松美羽賞】等受賞多数。日々制作の幅は広がり続け、各地での展示、プロジェクトの実現を構想中

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