宮島啓輔自己紹介

こんにちは。極彩空想世界 を運営する画家の宮島啓輔です。

私は現在、アクリル画を中心に様々な画材を使用し、年間数百点の大小様々の絵を描きながら、ギャラリーでの展示やブログ運営、ライブペイント等をしています。

ここでは私が、どんな風に生きてきたかをざっくりとお伝えしたいと思います!

細かい受賞・活動歴(雰囲気堅め)等はこちら→経歴

絵を描き始めた原点

私は2006年3月13日に奈良県に生まれました。

小学校入学までは、奈良県に住んでおり、近くに神社や寺、遺跡があって、祖父の実家のあった紀伊山地に位置する吉野によく行っていたので自然に触れる機会も多いところで育ちました。

親は、美術教員の免許を取得している経歴がありましたが、実際にとりわけ何かを直接教わったという事はありませんでした。

私は昔から自分の興味・関心があるところに一回型がはまると没頭し続けて行くような性格でした。

周りの一般的な同年代の人があまり興味を持っていないような壁画や文明などの本を読んで、マヤ文字を延々と描き移し続けたり、穴掘りなどに熱中して一日中、自分の背丈ほどの大穴を掘ったり、木と枯草を組み合わせて竪穴住居を自作したりといわゆる不思議な子でした。

そのため、興味の範囲が周りの人と被る事は少なく、高校生の最初くらいまでは、「話が合う」と言う感覚やクラスに馴染めるという感覚は薄かったようにおぼえています。

とはいえ、学校の授業には小中高と、ほぼ皆勤で出席していました。

絵は記憶の残っているより前から現在までずっと描き続けてきています。

一番最初の絵にのめり込んだきっかけのような出来事は、偶然自宅に、親が何年も昔に購入したドイツ製の約100色入り色鉛筆があり、それを使用してひたすらアンモナイトの絵を描いていました。

青色だけを取っても数十色あるような色とりどりのもので、一般に売られている12色入りをはるかに超えた色を自由に使って描き続けるられる自分にとってかなり贅沢で没頭できる時間でした。

5.6歳頃の作品

その後は、顔のような見た目の古代文字やアンモナイトの化石の渦巻を隙間なく描いたりと、次第にその色鉛筆を使って現実には無いような世界の絵を描き続ける中で、現在の絵の原型になるようなものが少しずつ生まれていきました。

小学校の頃には、世界の紙幣や古銭などの緻密なデザインに影響を受けて、オリジナルの図柄や額面の紙幣を作ることに没頭したりなどしていました。

多い時には一日数十枚の絵を描く事もあり、この頃から絵は、衣食住のように身体に染み付いた感覚を持つようになりました。

徐々に年を重ね、関わる人の幅も増えるにつれ、私にとって絵を描くという事を切り口に、人との接点を持つ事に繋がっていく経験が多々ありました。

これは、現在でも、絵を通して自分に合う人も、合わない人も、ユニークな人から本来合うはずの無かった人まで様々な人に出会うことができると日々感じています。

制作を独自の世界観の路線にした話

絵を描き始めた頃からの十数年間、完全独自路線で続けてきましたが、乗り越えられないような壁が立ちはだかりました。

それが「デッサン」や「リアルな表現」でした。

sketch of woman with black and yellow eye

高校も普通科で、今まで完全に自分の生み出した世界の中で描いてきて、はじめて違和感を覚えた瞬間でした。

デッサンには既に正解とされるゴールや筋道が用意されていて、その方向に沿うかどうかで点数や優劣が決められる世界でした。

絵の世界は、自分の興味を向いたものを取り入れ、自由に可能性を空想し、自分のありたい形にアウトプットできるものだと思っていた自分には少し違和感を感じるようになりました。

世間一般的には「デッサン基礎ができてこその個性ある表現」とされている部分があり、そのような保守的でアカデミックな姿勢が、ある程度触れてみたもののも、一定のところまでは描けはしたもの、どうも自分が本当にやりたい事とは方向性の違うもののようにしか映りませんでした。

世の中のアートを見渡すと、写真のようにリアルに描く事が求められるのは西洋美術のギリシャやルネサンス当たりだけだと思ったのです。

私には、独特の点描画のアボリジニアートや縄文土器、平面的でインパクトのある構図の浮世絵などの現在ではアカデミックとされていないような部分にもそれぞれの経緯や文脈があるのなら、自分が生み出せて、構築し続ける事のできた路線を確立すれば良いと思ったのです。

リアルな油絵作品に、デッサンという基礎があるように、自分が本当に必要と考える要素の基礎を取り入れ、絵の上手さがリアルに描けるかどうかという考えにとらわれる事なく、「モノ作り」として常時来な気持ちのものを生み出したいと思っています。

その考えを否定的に言われる事もありましたが、今になって考えると自分にとってこの判断があったからこそ自分だけにしか生み出せない技法や描き方、こだわり、タッチを獲得し、現在の制作にプラスに働いていると思います。

画家やイラストレーターになるためには必ずしもデッサンが必要ではない理由
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自分の頭の中だけに存在する世界

そしてその世界をスナップ写真のように捉えたイメージやアイデアは形にしきれていないものの方が遥かに多いので自分のできる限りの制作し続けていきたいと思っています。

アートだけでなく音楽、歴史、哲学、宇宙など色々な方向からのエッセンスを自分というフィルターを通して二次元に落とし込んだ極彩色な生き物や建造物、模様が渦巻いている世界は数百倍、数千倍以上まだ頭の中にあり、これまでに絵画だけで千数百点の形にしてきましたが、まだまだ出だしに過ぎない気持ちです。

24時間テレビのチャリティーTシャツをデザインされたり現在国内外で活躍されている現代アーティストの小松美羽さんに以前「異国の空気感を感じるところもあれば日本画のような繊細さもある絵」と言われた事もありました。

これは、生まれた奈良県の遺跡や遺物をはじめに、これまでに取り込んできたものが、発酵し、絵画としてアウトプットされたからなのかもしれないと感じています。

私の作品の世界観は常に新しく広がり続けており、現在制作している作品が一番良い作品だと思っています。

世界の人口約80億人の中の一人にこんな世界があるんだなという事が伝わればと思っています。

是非そこから日々生み出されていく作品たちの世界観をリアルタイムに発信しているSNSのInstagraⅿやXなどから感じてみてください。

高校生の時に個展を開催した話

日々制作していた作品たちは公募展等では入賞したりするものの、ほとんどの場合はそれ以前は信媒体もほぼ持っていなかった事もあり、自分の中で完結、何のアクションを起こす事無く日の目を見ず、家に溜まっていくばかりでした。

何か自分で企画して発表して、多くの人に届けたいという感情が募って行き、それまでも絵にはどこか自身があった私は年齢的な不安などもを感じる事なく思い立つとすぐに個展を開催しました。

その時は展示するという事を実現しただけでも満足をしていました。

しかし、展示期間中それまで試行錯誤していたことの効果もあり、大勢の人に足を運んで頂き、「この作品を自宅に飾りたい」「この作風で依頼をしたい」など

それまでほとんどがコンテスト入賞か自宅に溜まっていくか程度で自己完結してきた作品に対して反応してくれ人がいることがわかり、光が差し込んだような気持ちになり非常に嬉しかったことを覚えています。

現在から考えるとものすごく小さな一歩でしたが

そこから繋がったたくさんの縁から次回の展示会を開催したり、お仕事を頂いたりとまだまだこれから頑張っていくべき点は山のようにありますが行動の一歩を踏み出す事の重要性を学びました。

この初個展開催が私の活動を本格的に踏み出す第一歩目となりました。

この展示をはじめに、繋がった人たちや施設から、一年に制作した約140点程を展示するイベントやその他にいくつかの展示やイベントを開催してきました。

現在はリアルでの活動は関西が拠点となりますが各地方からの方からの声もあり、これからは関東・海外での活動も年々形態を変えつつオンライン・オフラインなどを使って広げて行こうと思っています。

オンライン上では現在複数のプロジェクトを企画構想中ですので随時SNSやブログにて発信して行きます。

活動の幅

現在私は依頼作品を制作したり

数メートルの大作から数センチの極小サイズの作品まで一年に約140点以上制作しています。

コンテストなどの文字面が堅めの受賞歴では直近では、美術雑誌掲載、Liquitex the challenge小松美羽賞、ターナーアワード高校生優秀賞、100人10完売など20~30程があります。

ありがたいことに私の作品世界観、活動などに興味を持ってくださる方も年々増えてきており、唯一無二の作品たちを手に入れた方たちに「部屋の雰囲気が明るくなった」「作品1つでこんなにも空気感が変わるなんて」との絵を描く人間にとって嬉しい声を頂く度にありがたく思っています。

階段の踊り場に飾って頂いた大型作品

私は今までに「新築の家に飾る鳳凰の作品を描いて欲しい」や「開いている教室のイメージカラーの作品が欲しい」や「自分の守護動物の絵を描いて欲しい」や

      

家族の干支絵を描いたり

ピアノ教室に飾る絵を描いたり

その他色々依頼やデザイン等のお仕事をさせて頂いてきました。

また、関西のショッピングセンター、あべのキューズモールの壁にオリジナルキャラクターと私の世界観の生き物がひとつの画面になった作品が二つ飾られています。

これまでに自分の手元を旅立ち、所有者の手元で飾られている作品やグッズ、印刷物等を見てコンタクトを取ってくださる方も多いです。

その他、極小サイズに自分のアートを濃縮したピンブローチ型作品などのオリジナル商品を生み出したりなどもしています。

依頼作品だからこそ実現する誕生月に合わせた誕生石・花の作品や家族の干支絵など依頼主さんのためだけの作品も生み出しています。

私の作品や発信情報に価値を感じて役立てていってくれる方が増えると嬉しく思います。

その他興味のある方や何かアートを中心に質問などあるという方は私のSNSのDMなど連絡を頂けると必ず返信させてもらっています。

今後について

ここまで読んで頂いた方には、大体のおおまかな活動を知っていただけたかと思います。

まだまだ語りきれていない事はありますが、このサイトや私の現在の目指す到達点は、このサイトを訪れた人の、可能性や創造力の幅を読む前に比べて読んだ後に、広がったと感じていただけるようにしたいという事です。

世の中には幼児から年配の方まで様々な年齢の絵を描く人が存在しており、私自身は、年齢的には人生を約80年と計算しても、比較的出だしの方に位置するかと思います。

私の場合は~歳から絵を描き始めたと言うよりは生まれた時から身に沁みついたような意識があり、画家歴十数年間の中での多くの学びがありました。

しかし、今後の人生はこれまでに生きた時間の数倍はあると思っているので、現在進めつつある構想から、まだ頭の中にあるものまで、これまでに生み出したものの数万倍以上の規模で夢を実現させていきたいと思います!

このサイトは、ここを訪れた方に私の画家活動を続けている上で得た知識や情報を発信し、年齢や肩書、社会的立場の垣根を越えてお役に立つことができればと思います。

宮島啓輔経歴(受賞歴詳細等)はこちらから→経歴

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