ジョルジュ・スーラはどんな画家?点描画の代表作「グランドジャット島の日曜日の午後」などについて解説

アートの歴史

こんにちは。この画家の宮島啓輔です。

今回は、画家のジョルジュ・スーラについてお伝えしていきたいと思います。

ジョルジュ・スーラ生涯年表

1859年: フランスのパリで生まれる。父は法務官で、母は絵画に興味を持つ文化的な家庭環境で育つ。

1875年: エコール・デ・ボザールに入学。アカデミックな絵画教育を受ける。

1880年: パリで兵役を終え、絵画制作に専念するようになる。

1883年: 初めてサロン・デ・ザルティスト・アンデパンダンに作品を出品。

1884年: 代表作「グランド・ジャット島の日曜日の午後」の制作を開始。新たな技法「点描法」を用いる。

1886年: 「グランド・ジャット島の日曜日の午後」がサロン・デ・ザルティスト・アンデパンダンで発表される。点描法を確立し、注目を集める。

1889年: 「サーカスのパレード」を完成させ、さらなる技術の成熟を示す。

1891年: 31歳で死去。死因はジフテリアとも肺炎とも言われるが、詳細は不明。

ジョルジュ・スーラはどんな画家?

ジョルジュ・スーラは、19世紀末のフランスで新たな絵画表現を追求した画家です。

スーラは、印象派からさらに一歩進んだ「新印象派(ネオ・インプレッショニズム)」の先駆者として、色彩と光の新しい捉え方を模索しました。

スーラは1859年、パリで生まれました。裕福な家庭でしたが、父親の内気な性格を受け継いでスーラも静かな性格だったと言われています。

幼い頃から美術に興味を持ち、自然にエコール・デ・ボザールという当時のフランスの伝統的な美術教育機関で学ぶことになります。ここで彼は、古典的なな技法を習得しましたが、同時にそれだけに留まらない新しい表現方法を模索し始めます。

若い頃のスーラは、パリで兵役を終えた1880年頃から本格的に画家としての道を歩み始めました。彼は、サロン・デ・ザルティスト・アンデパンダンという新進気鋭の芸術家たちが集う場で、1883年に初めて作品を発表しました。

そこで彼の作品は少しずつ注目を集め始め、次第に独自のスタイルを確立していきます。

この頃に同じ点描画家で友人のポール・シャニックにも出会いました。

点描法とは?
スーラが生み出した「点描法」は、絵画の中で小さな点を描く事で、離れてみた時に鑑賞者の目によって色を混ぜ合わせる事で絵の奥行きや色彩が認識できるようにする技法です。


普通は青と黄をパレットで混ぜる事で緑ができますが、点描画では画面上でそのまま置いた青と黄の点が離れると緑に見えるという描き方です。

スーラは理論に基づいて絵を描いた画家でした。

もう一人の点描画で有名な画家で、ポール・シャニックがいます。シャニックはスーラとともに点描画を発展させる事に貢献しました

スーラは、ただ美しい絵を描くことだけに満足せず、芸術を科学的に分析し、新しい表現の可能性を追求しました。

スーラの絵画は、色彩や光の本質を探求し、それを理論的に実現するための手段でもありました。そのため、スーラはしばしば「画家であり、科学者でもあった」と言われます。

しかし、スーラの生涯は非常に短く、1891年にわずか31歳でこの世を去ります。スーラは亡くなる2日前に妻のマドレーヌと一歳の子どものピエールがいる事を家族に打ち明けたと言われています。

スーラが亡くなってから二週間後にピエールは亡くなり、マドレーヌの行方はわからなくなったと言われています。

スーラの残した作品は多くはありませんが、20世紀以降の美術運動にも繋がっています。

ジョルジュ・スーラの代表作「グランド・ジャット島の日曜日の午後」

スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」は、彼の代表作として広く知られる絵画で、点描法を駆使して描かれています。

1884年から1886年にかけて制作されたこの作品は、パリのセーヌ川沿いにあるグランド・ジャット島で、日曜日の午後を楽しむ人々が描かれています。

スーラは、現地で何度もスケッチを重ね、人物の配置やポーズを緻密に計算してこの絵を完成させました。

細部をみると無数の原色の小さい点が置かれており、離れてみることで色がわかるように描かれています。

この作品はサイズが約2m×3mの大作で、制作のために多くの下絵が描かれ、緻密に構想が練られた作品です。

最後に

今回は、「ジョルジュ・スーラはどんな画家?点描画の代表作「グランドジャット島の日曜日の午後」などについて解説」のテーマで簡単にお伝えしてきました。

31歳の若さで亡くなった事もあり、他の作家に比べて作品点数は多くはありませんが、作品はシカゴ美術館やオルセー美術館、メトロポリタン美術館などに所蔵されています。

印象派の描き方を発展させた親しみやすいタッチだと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

プロフィール
この記事を書いた人

2006年3月生まれ幼少の頃より細密、極彩色な自分の脳内だけに存在する空想世界の絵をアクリル絵の具を主に様々な画材で1年に140点以上制作。作品サイズは数㎝のグッズから数ⅿの巨大アクリル画まで様々。高校1年生の時の個展開催以来二人展、グループ展等展示活動を続ける。ターナーアワード、Liquitex the challenge【小松美羽賞】等受賞多数。日々制作の幅は広がり続け、各地での展示、プロジェクトの実現を構想中

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