目次
個展は「作品を並べる場」以上に「体験設計の場」としての価値がある
個展というと、多くの場合「作品をどのように並べるか」という視点で語られがちです。
しかし実際には、もっと解像度を上げて捉えてみる事ができます。
むしろ重要なのは、来場者がその空間でどのような時間を過ごし、どのような体験や感覚を持ち帰ってもらうかという点にあります。
せっかくリアルの場所を作って設計するのであれば、作品を並べるだけに留まらず世界観を設計してオリジナルディズニーランドを作るという視点で設計をすると、展覧会を「体験」として提供できるんですね。
そうする事で、作品やグッズには、鑑賞物+αで、体験を持ち帰れる記録物としての価値が生まれます。
同じ作品を用意していても、見せ方によってその価値の引き出し方の可能性は無限大なので、是非実践してみてください。
それでは、今回の本題に入って行きます。
視線と鑑賞の歩き方の導線設計について
まず基本となるのが、鑑賞者の視線や観覧の動きについてです。
人は、展示空間の中で意識的に動いているようでいて実際には見えたものや聴いたものから無意識的に動いています。
特に日本においては(世界全体では)、右利きの人が9割近くいることもあり、自然と時計回りに空間を回遊する傾向があります。
この前提を踏まえると、空いている壁に作品を単に配置するより、どの順番で何を見られるかを意識して設計する事が重要になります。
例えば、入り口から入ってすぐの位置や目に飛び込んでくる所には最も印象の強い作品や見て欲しい要素などを配置します。また曲がり角や視線が切り替わるポイントには、自然と目を引く作品や要素を置く事で、視線が流れていくプロセスに、引っかかりを作る事もできます。
また、人は、多くの場合、左上から右上に視線を水平移動させ、そこから右上から左下に斜めに視線が移り、左下から右下にまた右向きに視線を水平移動させる事が多いとされます。
Z字を描くようなイメージですね。
これは、サイズの大きな屏風のような作品や壁画などにも応用されている考え方であり、その目線の向かう先に、主役にしたいものを配置するという手法がとられる事もあります。
日本の屏風の描き方では金雲などで画面を漫画のようにコマ割りするものがありますね。
このように、視線と導線を意識して配置することで、鑑賞者の展覧会への入り込み方や体験は大きく変わります。
あくまでそういう傾向という話なので、一つの視点として持っておくと応用ができます。
最初の3秒で決まる入口のインパクトの設計
展覧会において、最初に目に入る情報は非常に重要です。
YouTube動画や本屋さんでの平積みもそれにあたりますが、内容がいくら価値のある事や面白い事であっても、最初の数秒で判断されるサムネがつまらなければ見過ごされていきます。そのため、入り口付近や外から見える位置にどのような作品を置くかは、来場率や印象に大きく影響をします。
私の場合は、20号以上(50号・100号等)のインパクトのある作品や、自分の世界観が最も強く表れている作品を入り口付近やガラス越しに見える位置に配置するようにしています。これによって、気になるなやどんな個展なのかを直感的に理解する事が出来ます。
特にその場所がギャラリーであると街の人に知られている場所は、その前を通り過ぎる度に気になったから何かのついでに入ってきたという方は結構おられます。とりわけ路面ギャラリーの場合は、特に通りから見える位置にどの作品を置くかが重要になります。
通りすがりの人にとっては、その一瞬の視覚情報が、動画のサムネイルのような役割を果たします。
実際に、私は会期の途中から、DMに使用していた大作を外に見える場所にしてからその効果を実感しました。
「何かおもしろさそうなものをやっているな」と第一印象に思ってくれる事は大切なんですね。
では、もう一度この章の重要ポイントを一言であらわすと、
「個展の入口は、会場の内側だけでなく、外側から始まっていると考えるべき」になります。
作品の配置に流れと緩急をつける
先ほど、人の視線や会場内での観覧の順番についての内容を書きました。
これは、その話の延長にある内容です。
作品は単体で観るものでもありますが、リアルの場を利用する個展においては流れを作る事は非常に重要です。
せっかく一つの場を作って開催するのであれば最大限、その効果を活かせる仕掛けをしたほうが良いと考えています。
つまり、作品単体で観るミクロの視点と作品が集まったマクロの視点を持つということになります。
そこで、意識したいのが、展覧会全体における緩急です。
例えば、最初に「強い作品」をみせ、その後は落ち着いた作品を配置し、最後に再び印象的なもので絞める、といった構成です。ここでの「強い」や「落ち着き」というのは、色彩・サイズ、コントラスト或いは、こってり塗った油絵作品と淡い水彩画作品など、画材など、様々な要素における緩急をつけるという事です。
このように、起承転結のような落差を持たせて流れのある展覧会を作る事で、鑑賞する体験そのものにリズムを作る事もできます。
また、中間地点に作家本人がいたり、或いは会話が生まれるポイントを設けることも有効的です。
このような、物語作りやストーリーラインを作る上で参考になるのは、小説や物語作りの分野です。
参考になるのは、「起承転結」や「物語の法則」などのハリウッドや世界中の神話が取り入れているストーリーを面白くみせるテクニックです。
ここでそれを掘り下げると本題から逸れるので、詳しくはまた別の機会で紹介しようと思います。気になる方は、調べてみると簡単なものが出てくるので、参考にしてみてくださいね。
特に、物語の法則は、かなり奥が深い本質的な内容なので様々な所に使えるので、私も現在かなり集中的に学んでいます。
具体的な事例を挙げると、私が最近開催した個展では、アジアやオーストラリアを周り、現地で制作した作品を、旅行記のように配置する事で緩急を付けました。またそこで、旅先の話も声をかけてくださったお客さんをお話しする話のネタにもなりました。
これは、紙芝居や絵本のイメージに近いかもしれません。これらも、一枚の紙芝居原画だけでは「ただ綺麗だな」で終わりますが、何枚か集まって一つのストーリーラインが引かれる事で、世界観にひきこむ大きな装置になります。
「空間を設計する」という視点では、途中の体験を脚本家のように組んでいく事で、展覧会の可能性をさらに広げる事ができるので、是非取り入れてみてくださいね。
作品同士の間と密度の設計について
もう一つ重要なのは、作品同士の「間」と「密度」の設計についてです。
これは、どれが絶対良いというものではなく、私もその都度バランスを調節しているポイントになります。
ここで、意識する事は、心理学のジャムの法則というものです。
これは、「人は選択肢が多くなると、かえって選ぶ事ができなくなったり、満足度が下がったりして行動をやめてしまう傾向がある」というものです。心理学や行動経済学では、決定回避の法則や選択のパラドックスと呼ばれる事もあります。
これを展覧会における作品販売に置き換えて考えてみましょう。
作品を多く見せたいという意識から、壁を埋め尽くすように展示をするとかえって鑑賞者は一つ一つへの作品の印象が弱くなってしまします。
そこで、作品と作品との間の余白を設ける事で、一つの作品に集中して頂けるように、作品の存在感を引き立てる設計にするという事が出来ます。先ほどの、流れに緩急をつける話と合わせて取り組むと、進めやすくなります。
ただ、私の場合は、あえて密度をぎゅうぎゅうにするという事もひとつの演出方法なのではないかなと思っています。
ここからは作風と制作スタンスにもよると思いますが、先ほど紹介したような作品の流れに緩急をつけたり、埋め尽くすような世界観を演出するには、「密度の高さ」が生む、くどさや圧倒性はかなり効果的です。
私の場合は、作品そのものが埋め尽くすように極彩色で描き込んだ作品である事が多い為、展示の演出もそれに沿う事でより効果を引き出す事が出来ます。
ただ、状況や人によっては、その逆の効果も生むので、何よりもバランスが大事な考え方になります。
世界観の演出を五感を使って拡張する方法
個展の世界観は、ここまでに紹介した視覚や文脈の情報以外にも、その体験を設計することができる例があります。
それが、「五感にアプローチする方法」です。
少し大げさな書き方ですが、効果はある方法です。
例えば、私がインドから帰国した直後に開催した個展では、会場内で現地で手に入れた茶葉を使ってチャイを提供しました。無料での提供であれば、保健所などの複雑な審査を行う手続きも必要ありません。
これは、個展そのものがアジアの旅を扱ったという事もありますが、リアルの場にわざわざ足を運んでくださった方に、ネット上ではできない楽しさや来て良かったと思える体験を持って帰ってもらいたかったからなんですね。
最初は意識していませんでしたが、このチャイを手に取ってもらう事で、来場者との会話が自然に生まれ、また、チャイをインドで手に入れた経緯やエピソードを話せたり、その場で過ごす時間そのものが良かったというお声をいくつか頂きました。
同じ絵を観ても体験価値を上げる事ができたんですね。
また、似た話では、ニューヨーク発祥のお酒を飲みながら絵を楽しむ「Paint and Sip」という文化があるそうです。
そして、私は最初の個展はアートカフェギャラリーで開催していた事もあったのですが、喫茶文化と芸術鑑賞というものの相性は非常に良いのかもしれません。
印象派が生まれたのも、文化交流としてのカフェ文化が盛んだったからとも言われています。
このように、味覚や嗅覚、音などを取り入れることで、空間設計の解像度はよりクリアになります。
ここでの五感を簡単にまとめてみました。
視覚(作品・照明)・聴覚(静かさやBGM)・味覚(飲み物や軽食)・嗅覚(香り)・触覚(素材や距離感、参加型アート等)が挙げられると思います。
ただし、重要なことはやり過ぎない事にあります。特に嗅覚や味覚などは人それぞれであり、それが嫌なものであれば本能的に嫌われる体験になります。
あくまで、テーマや全体の体験設計の中の一つの補助線として、軽く取り入れる事が大切です。
個展全体を通して意識すべきこと
ここまで述べてきたことをまとめると、個展における世界観づくりで
重要なのは以下のポイントです。
・鑑賞者の動きは無意識の事が多い
・最初の印象が全体を決める
・流れと緩急を持たせる
・空間全体で体験を作る
そして、この要点の根本にある、何よりも重要なのが、来場者にとってその空間が「楽しい」と感じられるかどうかです。小手先の方法で何かを意識的に行うより、純粋に楽しいと思ってもらえるポジティブな体験を提供する事が一番大事なんですね。
私もここまで紹介した方法は、何かテクニックが先にあったというより、先に良い体験というものをすえてから自然と実践していたものです。そのため、これを読んでくれている方の作風や考え方、やりやすい方法に応じて、様々な空間演出方法がうまれる事になります。
この記事は、読んだ方がこの記事の内容を原液にして、具体的な行動に落とし込んでいって頂けるという事を願って書きました。
それでは、今回の内容はここまでになります。最後まで読んで頂きありがとうございました。
