こんにちは。画家の宮島啓輔です。
2026年8月東南アジアを一か月かけて巡る旅の始まりに、タイ・バンコクに訪れました。その初日に訪れたクロントゥーイスラムについて本記事では、行き方から歴史、実際に歩いた際の内容まで書き記していきたいと思います。
↓前回タイに訪れた際にシリラート医学博物館に訪れた際の記事
ところで、「スラム」と聞くと、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。
多くの場合、犯罪や極貧、麻薬といったイメージが強いと思われます。実際にWikipediaでスラムの定義を調べてみると、「都市部で極貧層が密集して暮らす、生活環境が劣悪な地区」とあります。
しかし、ひとえにスラムと言っても、そこにはグラデーションがあり、混沌・危険といった括りで観るよりもっと多面的な見方ができます。
実際に私が今回訪れたタイのクロントゥーイスラムでは、そこまで大きな危険は感じず、人とすれ違うと挨拶をしてくれる普通のコミュニティのようにも感じました。
そして、物質的に満たされるという事、物や富を尊ぶ資本主義の中に都市の貧困地区(スラム)の関係の間に横たわる大きな矛盾、寺院やショッピングモール、グルメ等、表の顔としてのバンコクと共存するもっと深いバンコクに近づけると思いました。
それではここから「タイ・バンコク最大のスラム街」といわれるクロントゥーイ・スラムの現地に行ってきた際の事についてお伝えして行きたいと思います。
バンコクには、高層ビルや大型商業施設が集まる中心部からそれほど離れていない場所に、大規模な低所得者コミュニティがあります。
その代表として知られているのが、クロントゥーイです。
日本ではクロントゥーイスラムと呼ばれることが多い地域ですが、クロントゥーイ区全体がスラムというわけではありません。クロントゥーイ区には、バンコク港、クロントゥーイ市場、住宅地、オフィス、MRT駅なども含まれており、その中で、港周辺の高架下や線路沿いを中心に複数の法的・公的許可を得ていないインフォーマル居住地が形成されています。
目次
バンコクのクロントイスラムとは?
クロントゥーイは、バンコク中心部の南東側、チャオプラヤー川沿いに位置しています。
地域の南側にはバンコク港、通称クロントゥーイ港があります。その周辺に、Lock 1-2-3、Lock 4-5-6、70 Raiなど、複数のコミュニティが形成されてきました。
現在も一つのまとまった住宅地というより、道路、港湾施設、市場、集合住宅などの間に複数の居住地区が存在しており、車が通る道路を隔てて分裂していたりもします。
一つ、目印になるのが、ドゥアン・プラティープ財団です。
財団はクロントゥーイで長く教育や地域支援を行っている団体で、公式住所は、
34, Lock 6, At Narong Road, Khlong Toei, Bangkok 10110
となっています。
ただし、財団そのものを訪問したい場合は、事前に活動内容や訪問可否を確認した方がよいでしょう。地域を歩く際の位置を把握するための目印としても使えます。
クロントゥーイスラムの場所と行き方
クロントゥーイはバンコク中心部から比較的アクセスしやすく、MRT、路線バス、Grabやタクシーなどで向かえます。
特にアソーク周辺に滞在している場合は、MRTか136番バスが使いやすいです。
私はスワンナプーム国際空港から直接電車で訪れました。
詳細は、時期によって変わっている可能性があるので、随時確認してください。
MRTでクロントゥーイへ行く方法
アソークから向かう場合は、BTSアソーク駅と接続しているMRTスクンビット駅を利用できます。
MRTブルーラインでは、
MRTスクンビット駅(BL22)
↓
クイーン・シリキット・ナショナル・コンベンション・センター駅(BL23)
↓
MRTクロントゥーイ駅(BL24)
という順番で、スクンビット駅からクロントゥーイ駅までは2駅です。
しかし、クロントゥーイ駅から港周辺のコミュニティまでは、少し移動する必要があり、先ほど目印として挙げたドゥアン・プラティープ財団までは、MRTクロントゥーイ駅から徒歩約13分とされています。
私は、クイーン・シリキット・ナショナル・コンベンション・センター駅(BL23)から降りて近くのクロントゥーイ市場に寄ってから行きました。少しの距離を歩きましたが、雨季な事もあり、蒸し暑い中を歩いたので駅を降りた後は、必要に応じて徒歩やGrab、バイタクなどを使い分けてください。
アソークから136番バスで行く方法
また、アソーク周辺に滞在している場合は、バンコクの路線バスを使って向かう事もできます。私が調べた範囲と実際にバス停を見た範囲で記載するので間違いがあるかもしれません。
アソーク周辺からクロントゥーイ方面へ向かう代表的な路線が、136番です。
136番は、
モーチット2
↓
ラチャダーピセーク方面
↓
アソーク
↓
スクンビット・ソイ16
↓
クイーン・シリキット国際会議場
↓
クロントゥーイ市場
↓
バンコク港周辺
↓
クロントゥーイ車庫
という方向に走ります。(本記事執筆時点で)
アソークから乗る場合は、アソーク交差点周辺でクロントゥーイ方面へ南下する136番に乗ります。バスの前面か側面に、Khlong Toei、คลองเตยなどの表示があるか確認すると良いでしょう。
初めて行く場合は、MRTの方がわかりやすいと思いますが、バンコクの街並みを見ながら移動したい場合には、バスを利用してみても良いかもしれません。
ただ、表記がタイ語だったりする事もあるので、難易度は高いかもしれません、
クロントイスラムを訪れる前に知っておきたいこと
クロントゥーイは観光施設ではなく、現在も人が暮らしている地域です。
路地の両側には住宅があり、生活や仕事が行われています。
訪れる場合は、住民の生活を妨げないように歩くことが基本になります。治安や不法居住などの前に、そこで生活している人がおり、観光客が物珍しくジロジロと見ると言う事には多くの場合良い気持ちはせず、仮にそれが普通の住宅地であったとしても相手との間に壁を作ることになります。
また、街並みを撮影する時も、住民の顔を近距離で映したり、住宅内部や敷地に勝手に入る事もできるだけ避けます。
また、特に危険な目にあったわけではありませんが、一応不法に居住しているスラム地域とされる場所である事から、もし訪れる際は自己責任でお願いします。
なぜバンコク中心部に巨大なスラムが生まれたのか
クロントゥーイの歴史は、バンコクの港と深く関係しています。
タイ政府は、1930年代、近代的な港を整備する計画を進め、1938年にクロントゥーイでバンコク港の建設が始まりました。
そこから、第二次世界大戦による中断を挟みながら工事が進み、戦後に港湾機能が整備されていきました。1951年にはタイ港湾公社、Port Authority of Thailandが設立され、バンコク港の管理を担うようになります。
港が発展すると、多くの労働力が必要になります。
荷物の積み下ろし、運搬、倉庫、物流などの仕事を求め、地方からバンコクへ人が集まりました。
しかし、低所得の労働者にとって、バンコクで正式な住宅を確保する事は必ずしも簡単では無かったそうです。
そこで、職場である港の近くに住居が作られ、長い時間をかけて現在のコミュニティへと発展していきます。
このクロントゥーイスラムの位置する場所がバンコクの発展と、住民の生活と深く関係しているのです。
しかし、現在は、タクシーやバイクのドライバーや車両修理などの人が多いとの情報もあり、実際に訪れた際にはドライバー服を着ている人も見受けられました。
クロントゥーイと貧困・都市格差
クロントゥーイスラムの特徴的な点は、中心地から離れた郊外などではなく、人口密集地でありタイの心臓部であるバンコクの中心部に極めて近い場所に位置している所にあります。
近くのアソークやスクンビットには、高級ホテル、巨大ショッピングモール、オフィスビルがそびえたって並んでいます。そこから電車で数駅移動すると、このスラムコミュニティが広がっています。
一つの都市の中に、格差が濃密に詰まっているのです。
このクロントゥーイスラムの形成には、上にも書いたとおり、バンコクの経済発展が関係しています。
港には物流に必要な労働者が都市に集まり、その労働によって都市の経済も支えられてきました。一方で、低所得者層が暮らせる住宅不足や土地所有をめぐる問題が残り、このスラムが出来上がったという事になります。
現在では、クロントゥーイ周辺の土地は、目覚ましく発展するバンコク中心部に残された大規模な開発可能地としても着目されており、これから数十年後にはまったく異なる顔を見せているかもしれません。
そんな事から、この地域では貧困だけでなく、都市開発と住民の生活をどう両立させていくのかという問題も続いているそうです。
実際に歩いたクロントゥーイスラム

最初に訪れたクロントゥーイ市場

肉や野菜、果物、魚介類まで様々なものが揃う地元の人に密着した市場。
バンコクの有名かつ大きな市場にはチャトチャックマーケットがありますが、こちらはよりディープ。観光客向けのカフェ等があるわけではなく、一般客から飲食店までバンコクの生活に根差した場所です。
私はここでロンコンという日本では殆ど流通していない南国フルーツを一袋20バーツ(約100円)の低価格で買い求めました。円安バーツ高が去年より進んでいましたが、安くて美味しい食べ物はたくさんあります。
ここからしばらく歩いてスラムのある方へ向かっていきます。

この正面に写っている高架の下を左に曲がったあたりから線路沿いに不法に建てられた住居が並んでいます。
この線路沿いに、スラムの住宅密集地が約2kmに渡って並行しています。

この線路は一見廃線にも見えますが、貨物専用の線路であり、夜間に数便程度と非常に少ない回数列車が通るので、日中は線路上を人が歩いていたり、商店のスペースとして使われているそうです。

そして、線路沿いや居住地では、飼われているかは不明ですが、体格の大きな犬から、鶏、猫がたくさんいます。犬は、見慣れない人間が来ると吠えて来る事もありますが、基本的には刺激をしなければ何もありません。

飼い犬であっても狂犬病のワクチンを打っていない可能性が高い為、万が一狂犬病に罹患している犬にかまれた場合は、治療をしなければ致死率が100%に近い為、この場所に関わらず気をつける必要があります。
線路沿いを歩いていると、線路に敷かれた石(バラスト)に焚き木を組んで湯を沸かしている老人や、花飾りを編んでいるお婆さんを見かけました。
クロントゥーイスラム周辺の土地は、湿地帯のようになっており、舗装されていない所などはぬかるんでいたり、線路に藻がはっていたりするので、足元には注意が必要。
線路沿いに並ぶ建物の壁には洗濯物が干してあり、通りかかった若い男性がハイタッチをして挨拶をしてくれたり、木材を加工したり何かを修理していたりと、人の危険さはあまり感じず、暖かい住宅街のようでもあります。
実際に人がいたり使用中だったり写真はありませんが、散髪屋や屋台、商店があったりと少し密集したコミュニティのようです。
川沿いにかかる橋は少しさびれていました。


橋を渡った比較的舗装された住宅街に入ると、煙草を吸っているお爺さんが、「まあ座りなさい」とばかりにイスを出してくれます。タイ語なので何を言っているかはわかりませんが、このスラムに来る前に買ったフルーツを一緒に食べて、数分涼んだ後に、来る時に降りたクイーン・シリキット・ナショナル・コンベンション・センター駅まで線路を引き返しつつ歩いて帰りました。
帰り際もう一度同じ所を歩いていると、トタンや寄せ集めの木材で作られた掘っ立て小屋からきちんとコンクリートで作られた建物や舗装された道路までクロントゥーイスラムの中でも場所によって様々です。
帰り際にも、来る時にあった青年が手を振ってくれました。
少し歩いて、先の方に大きな犬がいるなと思っていたら、地元の人が手でおさえてくれています。
スラムの中を歩いていると、たまに建物の隙間からは高層ビルが覗き、まさにタイの縮図のようでもあります。
まとめ
ここまで、このクロントゥーイスラムについて、行き方や実際に歩いた際の内容をざっくりと書いてきました。
全体の印象としては、「スラム」という言葉からイメージされるような凶悪犯罪やゴーストタウンのようなイメージはあまりなく、一つの温かい住宅地でした。
多少、ゴミが落ちていたりさびれたトタンの家があったりはしますが、日本や他のアジアの国等で少しさびれた場所でも見られる風景ではあります。
また、このクロントゥーイスラムに住む人たちは、2011年の東日本大震災の際に日々の生活が苦しい中で約110万円の義援金を集めて被災地へ寄付をしてくれたそうです。
今回のクロントゥーイスラムを歩いた事は、タイの幅が広がったような、解像度が上がったような場所でもありました。この記事は、カンボジアの宿で書いており、行き方や歴史、実際の写真などをざっくりと書いてきましたが、また落ち着いたタイミングで、別の媒体かこの記事を更新する形でじっくりと考えた事などを書きたいと思います。
それでは、最後まで読んで頂きありがとうございました。
P.S
旅行画シリーズ2026年タイ編「SINGHAとバンコク」
SINGHAは、バリ島にはじまりタイでは、遺跡や寺院などに守り神として像が置かれている狛犬です。タイの有名ビールメーカーSINGHAビールで知っている方も多いかもしれません。このSINGHAが南の海を渡り沖縄で「シーサー」に転じたとされています。
バンコクの正式名称はギネスに登録される程長く、冒頭のクルンテープは「天使の都」の意味



