【アジア】インドを旅して生まれた画家の絵画作品たち

宮島啓輔作品説明・活動・関連情報

旅は創作にどんな影響を与えるのでしょうか。

今回は、そんなテーマのもと、私が北インドを旅する中で生まれた絵画作品たちを紹介していきます。デリー、バラナシ、サールナート、アグラ、ジャイプール、パハールガンジ。そうした土地を移動しながら、現地で描き始めた作品や、帰国後に旅の記録から生まれた作品があります。

私はここ数年は、東南アジアを巡り、オーストラリアのライブペイントをしてきました。

私にとっての「旅行」は、贅沢をするためだけのものでも、日本より便利なものを探しに行くためのものでもありません。少し変な言い方をすれば、旅は「負ける」ための経験でもあります。

心地よく楽な状況だけでは、人間は成長をしません。

自分の物差しが通用しない場所に行き、予定通りにいかない状況に身を置くことで自分の感覚を更新する行為でもあります。

今回紹介する「インド旅行画シリーズ」は、そうした流れの中で身を持ってインプットし、制作した絵画作品群です。

【犀(サイ)の角】旅の始まりに空港で描いた作品

最初に紹介したいのは、【犀の角】というペン画です。

この作品は、デリーに到着したあと、ヒンドゥー教最大の聖地バラナシへ向かう飛行機を待っている間に描きました。

予定ではスムーズに移動するはずだった飛行機が5時間ほど遅れていました、さらに帰りの便も同じくらい遅れたので、結果的にこの旅では、速さで選んだ飛行機で合計10時間以上の時間を空港で過ごす事になりました。

その待ち時間に、空港の搭乗口付近でポストカードサイズのペン画として描いたのが【犀の角】。

この作品の背景には、初期仏教の最古経典として知られる『スッタニパータ』に出てくる有名な言葉があります。

「犀の角のようにただ独り歩め」

この言葉は、孤独に、自分の道を歩む姿勢を象徴するものとして知られています。初期仏教、あるいは原始仏教と呼ばれる時代の仏教には、後世の大乗仏教とはまた違う、非常に合理的で、自分自身の生き方を見つめるような心理学的な側面があります。

現在、日本に広がった大乗仏教には阿弥陀如来や観音菩薩など、様々な信仰の形があります。けれども、インドでネパール人の釈迦によって生れた初期仏教は、超常的なものに救ってもらうというより、自分自身の苦しみや執着を見つめ、人生をどう攻略するかを考える傾向にあります。

インドサイには、群れではなく、単独行動する習性があります。ブッダは、そのサイのさらに前に一本伸びた角になぞらえて、「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉がこの経典の中では繰り返されています。

者への執着や誘惑を捨て、信念を持って人生を歩むことの孤独を推奨していると解釈されています。

インド旅行のガイドブック冒頭ページにも、この喩えがインドサイの写真とともに書かれていました。

インド旅行は、最初からこちらの都合で動いてくれるものではありませんでした。

この【犀の角】は今回のインド旅行シリーズの入口のような作品です。

【ガンジス川】ヒンドゥー教最大の聖地バラナシへ

その後、ようやく小型プロペラ機に乗り込み、ガンジス川の通るバラナシへと向かいました。

バラナシ空港の前で食べたサモサ

バラナシは、首都デリーから約700km、ガンジス川沿いに広がるヒンドゥー教の聖地として知られています。ガンジス川は、ヒンドゥー教において神様が天界から地上に流した非常に神聖な川とされ、このバラナシには沐浴や巡礼のために多くの人が訪れます。

川沿いには24時間体制で稼働している火葬場があり、オレンジ色の布に包まれたご遺体が絶え間なく火葬されており、その近くで子どもがサッカーボールをしている死が隠されていない街です。

日本では、死はかなり見えにくい場所に置かれます。病院、葬儀場、火葬場などそうした場所に分けられ、普段の生活からは切り離されている事が多いです。しかし、バラナシでは、巡礼者が祈り、商売をし、観光客が歩き、修行者が大麻を吸って闊歩し、牛や犬が寝そべっています。

亡くなった人の遺体に薪をくべてもくもくと火葬される横で、チャイを売る人がおり、川で沐浴している人がいます。

生と死、瞑想と麻薬、貧と富、祈りと商売、浄と不浄、健と病、静謐と混沌まで、あらゆるものの振れ幅において、他の存在の追随を許さない場所です。

私はヒンドゥー教徒では無いのでよくわかりませんが、ヒンドゥー教の人にとってこのバラナシは、来世に最も近い、輪廻思想を中心地のような場所であります。亡くなるとこのガンジス川に散骨される事が最大の名誉と信じ、沐浴する姿はバラナシの持つ意味の重さを伝えてくれます。

ちなみに、ヒンドゥー教に傾倒し、ビートルズ時代からインドを訪問していた元The Beatlesのメンバージョージ・ハリスンは、2001年に亡くなった後に火葬され、その後ガンジス川に散骨されたそう。

日本では、中間に集約される事の多いものが、バラナシで、極端な距離感のまま同じ空間に存在しています。あらゆる対立の振れ幅が大きい良くも悪くも強烈な場所がバラナシであると思います。

【ガンジス川とシヴァ神】

バラナシで描いた作品の一つに【ガンジス川とシヴァ神】があります。

ガンジス川のほとりには、古いインド式の建物が並んでいます。その風景を見ながら、私はこの作品の資料を集めました。

ヒンドゥー教の神話では、天界から落下するガンジス川を、シヴァ神が自らの髪で受け止め、地上へ流したと語られます。シヴァ神はヒンドゥー教の主要な神の一柱であり、破壊や再生、ヨガと関わる非常に重要な存在です。

現地のヒンドゥー語新聞を貼りつけ煙にしました。

ガンジス川とシヴァ神シリーズ

バラナシでは、シヴァ神を描いた作品を何枚か制作しました。

その一つが《踊るシヴァ神》です。
この作品は、ガンジス川を背景に撮影しました。

現地で聞いた話では、シヴァ神が踊ることで、世界のサイクルが回り出すというような考え方(設定)があるそうです。

バラナシ旧市街で撮影

破壊の神というだけでなく、破壊を通して次の創造へとつなげる存在とのことです。

「破壊」と聞くと、どうしてもネガティブに聞こえますが、古いものが壊れなければ新しいものは生まれないという世界観だと聞きました。

【シヴァ神】SOLD OUT

【黒い肌の女神カーリー】

【黒い肌の女神カーリー】SOLD OUT

ガンジス川沿いに並ぶガート(沐浴場)のひとつ、ダシャーシュワメード・ガート近くには、カーリーと呼ばれる女神の祭壇がありました。

カーリーはヒンドゥー教の女神で、強烈な姿で表せられることが多い存在です。

以下の記事に詳しく書きましたが、インドでヒンドゥー文化に触れて感じたのは、神様の距離感や多様性です。

ヒンドゥー教成立の歴史をみると、一人の教祖を中心にした宗教というより、もとになったバラモン教が多くの神々や地域ごとの信仰が重なり合って取り込み出来上がりました。現地で教師をされている方から聞いた話では親と子で信仰する神様が違う事もあるそうです。

もちろん、外から来た私が簡単に語り切れるものではありませんが、少なくとも旅の中で感じたのは、インドの神が、本や博物館の中だけにいるのではなく、街中にはシールが張られ、壁画や祭壇が街中の店先や人の会話に普通に存在していました。

この作品も既にSOLD OUTとなりました。

バラナシには聖なる牛・猿・犬が人間と共存している

バラナシの街には、牛、猿、犬などの動物が普通にいます。

日本の街中で動物を見る感覚とは、少し違います。


野良猫がいる、という程度ではなく、牛や猿がかなり堂々と街の中にいて、人間の生活と同じ空間を共有しています。

食堂に牛が入ってきたり、狭い道を塞いでいる事もしばしば。

そんな光景から生まれた作品の一つが【花牛】です。

ヒンドゥー教において牛は大切にされる動物であり、シヴァ神の乗り物とされ、大切に扱われています。奈良の鹿が神様の乗り物として奈良公園で野生に生息しているのと似た感覚なのかもしれません。

もう一つの作品が【バラナシの猿】

ガンジス川を背景に

ヒンドゥー教には、ハヌマーンという猿の神がいます。その繋がりで、牛と同じくバラナシの街には猿が多く、私自身、バラナシに着いた夜に後ろから猿に頭を叩かれました。

バラナシのサドゥー 生きながら死者とされる修行者

インド中の色々なところにサドゥーと呼ばれるヒンドゥー教の修行者がいます。特にガンジス川のあるバラナシの川沿いにはたくさんのサドゥーが生活しています。

現地で聞いた話では、彼らは社会的・法的にはすでに死んだ人として扱われ、社会にいた事の過去は捨て去っているそうです。本物のサドゥーはヒマラヤなどの山に籠って修行をし、ガンジス川のほとりに降りてくる人もいると聞きました。

服を着ていない人。

体に無常を表す白い灰を塗っている人。

仙人や苦行僧のように見える人まで様々な人がいます。

現地の人に聞くと、たまに偽物のパフォーマンスサドゥーもいるのだとか。

体に塗られた灰は、万物は灰に帰ることから、無常を表すのだそうです。

ただし、バラナシには観光地としての側面があることから、中には修行者の姿をしてお金をもとめてくる人もいました。

仏教誕生の地サールナート

バラナシから少し離れた場所に、サールナートがあります。

サールナートは、約350km離れたブッダガヤでブッダが悟りを開いたあと、歩いてかつての修行仲間のもとにやって来て最初に教えを説いた場所として知られています。

仏教は、現在のインドでは人口の1%未満とかなり少数派です。けれども、その源流の一つとされる場所が、バラナシの近くにあります。

日本を含めたアジアに広がった仏教が生まれた土地であり、現在は、遺跡後とダメーク・ストゥーパと呼ばれるお椀の米を逆さにしたような形の仏塔が建っています。

【インドの混沌】列車・リキシャ・パハールガンジ

インドの旅で作品になったのは、神話や聖地だけではありません。

移動そのものを強い体験でした。

タージマハルのあるアグラという街から別の都市へ移動するとき、私は一番安いクラスの列車に6時間ほど乗りました。インドの列車も、比較的きれいなクラスを選べばかなり違うのだと思います。けれども、一番安いクラスの列車は人が引っ張り合い、車内の乗車密度も限界突破した苦行でした。

【インド混沌列車車内】

リキシャのトラブルもありました。

アグラでタージマハルを見たあと、駅へ向かおうとした時、配車アプリが電波の関係でうまく使えませんでした。そこで、宿の前に集まったリキシャの運転手たちと値段交渉をすることになりました。

一番安い人を探して、ようやく駅へ向かうことになったのですが、案の定、まっすぐ駅には向かわず、お土産物屋に連れて行かれました。

せっかくなのでチャイの茶葉でも買おうかと思い、値段を聞くと、最初は観光客価格でかなり高い金額を言われました。そこから長く粘った値切り交渉の末に、約8分の1にして購入する事ができたので、それを帰国直後に開催した個展イベントやご来場頂いた方たちに振る舞いました。

また、バラナシでは、リキシャの運転手から不気味な誘いを受け、空港へ向かう途中で危険を感じたこともありました。楽しい旅ではありましたが、同時に警戒心が必要な旅でもありました。

インドの良くも悪くも強烈な混沌さは駅にも列車にもリキシャにも安宿街にもあります。

デリーに戻ってからは、パハールガンジという安宿街に滞在しました。デリー駅の近くにあるパックパッカー宿や安いレストラン、両替所、チャイ屋、果物や、スパイス売りなどが並ぶ地域です。

一日中リキシャのクラクションが鳴り響く混沌とした現代都市です。

このパハールガンジにある日本人宿サンタナのデリー支店に宿泊していました。

ここでは、世界中を旅している人から暖かいスタッフの方まで多くの出会いに恵まれました。サンタナさんは、インドのバラナシ、デリー、プリーに店舗がある日本人宿の老舗。

【太陽神スーリヤと象】

インド神話の世界観は非常にユニークです。

世界の時代も地域も神話学や文化人類学をみてまわると、渦巻、地母神信仰、太陽神など様々な共通する人間の普遍的な考え方がみえてきます。

その中のひとつとして、インド神話にも太陽神が登場します。日本でいうところの天照大神のような存在です。

名前はスーリヤと呼ばれ、その太陽マークのお土産が色々な所で販売されていました。

インド神話【乳海攪拌】

帰国後に描いた作品として【乳海攪拌】があります。

乳海攪拌は、ヒンドゥー教神話の中でも有名な場面です。神々であるデーヴァと、魔族のアスラが、不死の霊薬アムリタを得るために蛇を綱にして、乳海をかき混ぜる物語です。

このモチーフは、インドだけでなく東南アジア美術にもよく見られます。私は以前、タイの大きな博物館でもこのテーマに触れましたし、今後アンコール遺跡などを見る時にも、きっと関係してくるモチーフだと思います。

考えてみると、今回のインド旅そのものが、この「乳海攪拌」のように

神話、死生観、牛、猿、サドゥー、列車、リキシャ、騒音、火葬場、遺跡まで

様々なものをかき混ぜ、そこから作品が生まれていきました。

旅でみたものは、そのまま綺麗に自分の中で整理がついているわけではありません。

むしろ混ざりあり、これまでの訪れたいくつかの国の要素と混ざりあって、たまに作品に顔を出します。

雨水がたまった井戸のように、ネタを蓄積し、気が向けばすくい上げるように登場します。

今回は、いつもと異なり、つらつらと全体の構成も考えずにここまで駆け足でインド旅全体を書き進めてきました。

細かい話題やためになりそうな話、インドにまつわる話など旅で得て来た話は、掘り下げればいくらでもあるけれど、全部書くと時間がいくらあっても足りないので、またどこかの機会に記事にしたりとアウトプットできればと思います。

それでは、最後まで読んで頂きありがとうございました。

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