こんにちは。宮島啓輔です。
これまでに約40枚以上旅先で描き続け、ライフワークにしているシリーズの最新作10枚が完成しました。
旅先で観たもの受け取った美や学んだ知恵をダイレクトに詰め込んだ小作品絵画シリーズです。
前回のインド編はこちら↓
今回は、タイ、カンボジア、べトナム、インドネシア(バリ島)を一か月かけて旅行をしました。
タイのスラム街から、カンボジアのプノンペンのポルポト政権の爪痕の残る大量虐殺博物館、キリングフィールド、現地民の行き交う市場、シェムリアップのアンコールワット遺跡群や伝統舞踊、神の島と呼ばれるインドネシアのバリ島各地の遺跡から芸術の街ウブド、バリ島芸術界の巨匠に出会い、大自然の求めて霊峰アグン山までを巡ってきました。
その合間に絵を描き、旅行記やコラムを書き、個展の準備を進め、マグロのように動いていました。
アジアの豊かなローカル食やフルーツを超ローカル価格で食し、1日10キロ以上街中を歩きまわって非情に健康的な1カ月を過ごす事ができました。
そして、2026年10/1~の約四か月間、私の関東圏では初の個展【犀の角】が、東京銀座のHitomi International Forever Eyesさんにて始まります。不定休日や私の在廊日などは、以下のページに随時更新していく予定です。
関東圏では、個展という形では初の展示になります。是非ご高覧ください!
音質は少し悪めですが動画視聴はこちらから↓
目次
【SINGHAと天使の都バンコク】タイ

【作者名】宮島啓輔
【作品名】SINGHAと天使の都バンコク
旅行画シリーズ1枚目(タイ)
【サイズ】はがきサイズ(148mm×100mm)、紙に水彩絵の具、ペン、色鉛筆
タイに訪れるのは3度目になります。シンハ(SINGHA)は、タイの狛犬であり遺跡や寺院の前に置かれているのをよく見かけます。元々はバリ島から始まったそうであり、この守り犬が南の海を渡り沖縄にてシーサーに転じたとされています。
また、首都バンコクの正式目小は、世界一長い首都名としてギネスに登録されています。
【太陽を呑み込む】タイ

作品名:【太陽を呑み込む】
サイズ:ポストカードサイズ(148mm×100mm)
水彩紙にペン、色鉛筆、水彩絵の具
タイでは、ラーフ神(インド神話に由来する神)をタイ独自の解釈で、太陽や月を丸呑みして日食や月食を引き起こす悪運を食べて幸運をもたらす神として信仰される事があります。
今回の3度目のタイ入国ではバンコク最大のスラム街や呪物(お守り)市場などバンコクの表向きではない側面にも踏み込む旅になりました。
左上には、線路スラムで出会った猫を描き込みました。

【市場の鶏】カンボジア

作品名:【市場の鶏】
サイズ:ポストカードサイズ(148mm×100mm)
水彩紙にペン、色鉛筆、水彩絵の具
市場には、その国の生きた文化や食生活、人の活気に触れられる魅力があります。

粉塵が舞い、客引きの呼び声が飛び交い、煙がモクモクとあがり、ドリアンや生肉の生臭くムンとした臭いが鼻をつくあの感覚は、ガラスケースの中で過去の遺物となって形骸化したものよりも、遥かに生々しくダイレクトに現地の空気を味わう事ができるのです。


【Apsara danceers】カンボジア

作品名:【Apsara danceers】
サイズ:ポストカードサイズ(148mm×100mm)
水彩紙にペン、色鉛筆、水彩絵の具
Apsara dance(アプサラダンス)は、カンボジアの伝統宮廷舞踊であり、サンスクリット語の「天女」を意味するアプサラに由来します。
アンコールワットなどの回廊や壁面に約1000体以上彫られたアプサラまたはデバター(天女)が舞踊として現実に蘇ったものになります。
アンコール王朝時代からの生きた文化です。
1970年代ポルポト政権時、極端な原始共産主義の思想によってアプサラダンサーや音楽家の8〜9割が虐殺対象となり、一時は途絶えかけたものの政権崩壊後に奇跡的に生き残ったダンサーや指導者たちによって復興し、2003年にはユネスコ世界遺産に登録されました。
左下には、木の積荷を引っ張る牛を描き込みました。カンボジアにとって牛は昔から農耕や荷車の運搬を支える重要な家畜であり、農村風景ではよく目にする生き物でありました。
また、カンボジアの有名なステーキ料理のロックラックは絶品です。

他にも食用のカエルやワニ肉を食べました。どちらも白身魚や鳥のささみのような味です。


【密林の寺院】カンボジア タ・プローム遺跡

作品名:【密林の寺院】
サイズ:ポストカードサイズ(148mm×100mm)
水彩紙にペン、色鉛筆、水彩絵の具

カンボジアのシェムリアップという都市は、アンコールワットをはじめとした数々の遺跡群で有名です。その中の一つであるタ・プローム遺跡は、ジャングルの中に位置し、巨大なガジュマルの木の寐が石の寺院の回廊や塔に触手を伸ばし激しく浸食する密林の寺院として世界遺産になっています。
このタ・プローム遺跡は、クメール王朝最盛期の王ジャやヴァルカルマン7世が母を弔うために仏教遺跡として建設し、その後の歴史の中でヒンドゥー教の寺院へと改修された経緯があります。
「タ・プローム」は、クメール語で「梵天の古老」の意味。

人工物である石造りの建築が何百年もかけて大自然の生命力に飲み込まれるその様は、神性を秘めた「崩壊の美学」を感じる場所です。

ジャングルに侵食されていくのを防ぐ事が遺跡保存としては一般的ですが、他の遺跡に比べて発見された当時に近い独特な景観のまま残されており、映画『トゥームレイダー』の舞台にもなっているそうえす。

タ・プローム遺跡には、恐竜のステゴザウルスに似たレリーフが彫られている事でも知られています。
約800年以上前の寺院になぜ恐竜が描かれているかは今も謎ですが、考古学的に有力な説では、イノシシや牛など他の動植物模様のデフォルメが偶然、恐竜のように見えたとするのが一般的だそうです。
【The Holy Hand】(聖なる手)インドネシア・バリ島

【作品名】The Holy Hand
【サイズ】はがきサイズ(148mm×100mm)
【使用画材】
紙に水彩絵の具、ペン、色鉛筆
インドネシア・バリ島は、豊かな自然やビーチが広がり、インドのヒンドゥー教をベースにバリ島の精霊信仰(アニミズム)や仏教が融合して独自の発展を遂げたバリ・ヒンドゥーが信仰された「神々の島」や「芸術の島」と呼ばれるのにふさわしい島でした。
公共の場所だけでなく、民家の敷地内にも小さな寺があり、毎朝、チャナンと呼ばれる手のひらサイズのお供えものをタバコやお金などと一緒に供え、線香を焚いている風景を頻繁に見かけました。
また、バリ島において芸術と神々への祈りは、神様を喜ばせるものと信じられ、完全に一体のものとして、現代でもバリ舞踊や音楽、彫刻やお面作りなどを高いクオリティでつくる事ができる芸術家が当たり前のように存在しています。
リゾート地として発見されはじめた1930年代頃には、西洋の外国人芸術家が、バリ島の文化や自然に衝撃を受けて移り住み、それまでのバリ島絵画に遠近法や宗教画以外の日常の場面を描くスタイルなど、新しい風を吹き込み、現在でも芸術家のアトリエなどが美術館として残っています。
この流れが、現在、芸術の村ウブドと呼ばれる場所の基盤になり、バリ島が芸術の島と呼ばれるイメージの基盤になったとされています。
私がウブド滞在最初に訪れたネカ美術館は、バリ島芸術の最高峰と呼ばれる作品が並んでおり、自分にとっての創作の原点を再発見できるような衝撃的な場所でありました。
今まで遠く離れた日本で小さく創作していた自身の創作の一滴の水が、長い長いバリ島の悠久の大河の流れに合流したような感覚を感じました。

この本作【The Holy Hand】は、ネカ美術館の【指に宿る自己】というブロンズ作品から着想し描いた作品です。
同じくウブドにあるアグンライ美術館では、バリ島芸術界の巨匠の方々にお会いし作品の解説などを伺う事ができました。


【象の洞窟ゴア・ガジャ】バリ島

【作品名】象の遺跡ゴア・ガジャ
【サイズ】はがきサイズ(148mm×100mm)
【使用画材】紙に水彩絵の具、ペン、色鉛筆
【ゴア・ガジャ】は、バリ島ウブド近郊にある古代の石窟寺院です。
大きな異形の顔のレリーフが彫られており、内部には洞窟のようになりガネーシャ像などが設置されています。
ゴア=洞窟、ガジャ=象を合わせて名づけられており、象の洞窟という意味になります。オランダ人考古学者に再発見された時、この異形の顔が象の顔に見えたからそのような名前がついたという説がありますが、複数の説が存在しているようです。

【Gates of Heaven】天国の門 バリ島

【作品名】Gates of Heaven
【サイズ】はがきサイズ(148mm×100mm)
【使用画材】
紙に水彩絵の具、ペン、色鉛筆
インドネシアバリ島東部にあるランプラヤン寺院にある割れ門は、晴れた時には、霊峰アグン山を望む事ができるそうです。
私が訪れた際は、曇っておりみえませんでした、別日に観た壮大なアグン山をもとに描きました。

【レゴン・バロンダンス】バリ島伝統舞踊

【作品名】レゴン・バロンダンス
【サイズ】はがきサイズ(148mm×100mm)
【使用画材】
紙に水彩絵の具、ペン、色鉛筆
バリ島三大伝統舞踊には、ケチャックダンス・レゴンダンス・バロンダンスがあります。
私は、芸術の村ウブドの中心地であるウブド王宮で、レゴンダンス(宮廷舞踊)とバロンダンス(聖獣の舞)が一度の舞台になった公演を鑑賞しました。
これまでに多くの芸術家や文化人類学者を魅了し続け、観光地化が進んだ事でその姿を維持し続けているバリの伝統舞踊である身体芸術は、ユネスコ世界無形文化遺産に登録されています。
カンボジアでは、アプサラダンスと呼ばれる天女の舞のカンボジア伝統舞踊を鑑賞しましたが、どちらもインド文化やヒンドゥー教神話を基盤としており、手や指先の反り返りの身体技法やムドラーと呼ばれる手の組み方やジャスチャーにも、アジアの各地に横たわるインドを源流とする密教的な要素をみることができました。
ミニ太鼓ペイント【BALI】バリ島現地制作



【作品名】BALI
【サイズ】サイズ不明(直径10〜12cm、高さ12〜15cm)
【使用画材】バリ島で手に入れたミニ太鼓(でんでん太鼓)打面に顔料マーカーでバリ島モチーフをペイント
【Sing ken ken】バリ島編

【作品名】Sing ken ken(バリ語で「それで良いのだ」や「ノープロブレム」、「良いってことよ」の意味)
【サイズ】はがきサイズ(148mm×100mm)
【使用画材】
紙に水彩絵の具、色鉛筆、ペン
バリヒンドゥーの聖地霊峰アグン山の麓
インドネシアバリ島東部に位置するシドメン村(Sidemen)には観光地化がほとんどされずにバリの原風景が今も残っています。
30年前のウブドと呼ばれており、昔の観光地化が進む前のバリ島はこんな雰囲気だったのではないかなと思う事がよくありました。
バリ島全体が、自分の生まれた日サキ奈良県に密度感、自然との距離、観光地と山奥とのバランス感、精神性ともにどこか似ており、このシドメン村のライステラス(棚田)や小川が流れる風景が、吉野地方の山奥と重なりました。
シドメン村から、約20km離れ、霊峰アグン山の山中にあるプサキ寺院という場所からの帰り道、帰りのバイクが見つからず険しい山岳道路を、吠えてくる放し飼いの犬や野犬を追い払いながら約10kmあまり歩いたところ、同じシドメン村にいくからバイクに載せてあげるという親切な方に出会い、ありがたく送ってもらいました。
降りる際にお礼を言うとバリ語で「Terimaksi kembali」「Sing ken ken」と返してくれ、意味は「それで良いのだ」や「ノープロブレム」、「良いってことよ」だそうでバリの暖かさに触れた言葉でありました。




