今から約2500年前に、ネパールの小国で釈迦族の王子として生まれたゴータマ・シダルータは、29歳の時に何不自由無い生活や妻子、王子の地位を捨てて、約6年間に及ぶ過酷な修行の旅にでて出家をしたとされています。
断食や肉体をいじめる苦行を繰り返すもそれでは苦しみを解決できないと気づき、極端な楽や苦を避ける生き方(中道)を見出し、35歳の時に、インド・ブッダガヤの菩提樹の下で深い瞑想に入り悟りを開いた事でブッダ(目覚めた人)になったと伝えられています。
いきなり真理に到達してしまったブッダは「こんな深遠な考えを一般の人に伝える事はできるのか?」という深い葛藤を乗り越えて、80歳でクシナガルで息を引き取るまで伝道の旅を続けたとされています。
悟りを開いたとされるブッダガヤから直線距離約210km(道路約250km)離れた初転法輪の地サールナート(バラナシ近郊)に歩いてやって来たブッダは、初めてかつての修行仲間五人に説法を行い、ここから現代では世界宗教になった仏教がはじまったとされる場所です。
私は、ヒンドゥー教最大の聖地、ガンジス川のとおる大宗教都市バラナシから約9kmの場所にあるこの仏教誕生の地サールナートに、ぼったくりリキシャに乗って雑踏をぬけて到着しました。(行き方や詳しい情報は上記リンク記事に書いています)
普段何か特定の存在を強く信仰しているわけではあありませんが、一応家系は日本の仏教徒の端くれとして、この地に足を運んでみようと思ったのです。
インドは、仏教発祥の地でありますが約70年程前まで長年廃れており、1956年にカースト制度最下層(不可触民)のリーダー・ビームラオ・アンベードカルという政治家が数十万人の支持者とともに、仏教に集団改宗した事で、奇跡的な復活を遂げたとされています。
サールナートの前に到着すると、ブッダグッズや仏画を売る露店が並び、強引な物売りがかけ寄ってきます。
サールナート博物館とダメーク・ストゥーパへの入場チケットを買おうと列に並ぶも、後ろから入ってきた現地の人たちが列を次々に抜かしていきます。
その様子を側からみていたお爺さんが、私と前の男の間についていた杖をすべり込ませ、
「この日本人が先に並んでただろう」とと杖で男を押しのけ、買い方が若干複雑なチケットカウンターで、お金を渡すと変わりに買って手渡してくれました。
お礼を言い、話を聞くとお爺さんは、ネパールから一人でやって来て仏教聖地巡礼の旅をしていると言います。
サールナートには若い頃に訪れ、それ以降何度かやって来ているそうです。
この世は幻(illusion)である
「お前は仏教徒か?」
「なんで日本からわざわざ遠い距離をインドまで来たんだ?」
「どこに滞在しているんだ?」
「あの場所でアショーカ王の獅子像が見つかったんだ」
と高さ約43mの巨大ダメーク・ストゥーパを2人で見上げながら、訛りの強い英語でガイドをしてくれ、次々と話しかけられて答える、を繰り返しながらサールナート公園内を歩き回っていました。
「君はさっき仏教徒と言っていたが、2500年前に説かれた仏教と今の君の国にあるものとはかなり違うものだと知ってるか?」
「一応、日本人の多くはマハーヤーナ(日本語の大乗仏教)仏教と神道だけど、私を含め強く信じている人は少ないですね」と答えると、わしが本当の仏教を教えてやろうと言わんばかりに小柄なお爺さんが長老のような語り口で話し続けます。
「最初の頃に説かれた仏教は、宗教(religion)や神を崇めるものではなく、心理療法(psychotherapy)なんだ。君も学んでみると心を楽にできるぞ」というような事を笑いつつも真面目に言いました。
私も少しインドに来る前に、初期仏教を少し予習をしてみて、あるかどうかわからない概念は積極的には説かれず、現実世界との関わり方に焦点があてられた比較的合理的な考え方だなと感じていた事もあり、腑に落ちる部分もあります。
彼は、続けて「この世界は幻(Illusion)のようなものであり、全ては移り変わり、刹那的なものなのだ。だから、もう少し広い(俯瞰した)視点(broader perspective)で世界をみればいい。そうすると、あなたが世界を創る事ができて、私もあなたももっと気楽に生きられる」というような事を言いました。
そういえば、アメリカインディアンに弟子入りしていたという人が、アメリカインディアンのラコタ族には「物事を俯瞰してみる視点を持ちなさい」という考え方があると言っていたなあという事を思い出しながら、癖の強い彼の英語を聞き取ります。
研究者に言わせると厳密な教義解釈には少し表現に語弊があるかもしれませんが、一人の仏教徒のお爺さんが長い人生の中で理解した仏教解釈として、場所も相まって重みを持って受け取りました。
そんな話をしながら園内と博物館を一通り、周り終えた所で、露店に座りチャイをすすっていると、現地の小学生たちに外国人だと珍しがられて囲まれ、写真撮影を頼まれます。

インドでは、外国人を珍しがる人も多く歩いているだけで有名人のような扱いを受ける事があります。
人が人を呼び、握手と写真撮影でもみくちゃにされるのから逃げるように、お爺さんのいたところに戻ると、お爺さんは待たせていたオートリキシャのドライバーと話し込んでいるところでした。
別れ際にお礼を言い、握手を交わすと、待っていたかのようにエンジンがかかって走り去り、角を曲がってすぐに姿は見えなくなりました。
露店で買ったビスケットを食べていると、破れた服を着て長い髭をたくわえた物乞いがやって来て、「それをくれ」と口に食べ物を入れる合図をしてきたので差し出すと、袋丸ごと私の手から取って、またおぼつかない足取りで歩いていきます。
ほんの小一時間のあいだに、名前も聞かず、今後会う可能性もほぼ無いお爺さんが何気なく口にした言葉には、仏教の、というより生きていく上での実用的な考え方として、目の前のことを大きく捉え過ぎず、自分自身すらも絶対視しない知恵が凝縮されているようにも思えました。



